妊娠中の飲酒がよくないことは広く認識されていますが、具体的にどのような悪影響があるのかはあまり知られていないように思います。
少量の飲酒なら大丈夫なのか?妊娠が発覚するまで飲酒していたが大丈夫なのか?妊娠とアルコールに関する疑問は多くの女性が抱くものです。
そこで今回は、胎児性アルコール症候群や妊娠中の飲酒が胎児に与える影響について解説していきます。
胎児性アルコール症候群とは
胎児性アルコール症候群(FAS)とは、妊婦がアルコールを摂取することで胎児に生じる先天的な障害のことをいいます。
アルコールは胎盤を通して胎児に移行しますが、胎児の未熟な肝臓では処理しきれず、発育中の胎児の脳や身体に深刻な影響を及ぼします。
また、妊娠中は非妊娠時よりもアルコールの代謝能力が低下するため、母体にアルコールが長時間残りやすくなり、胎児にもよく長時間にわたって影響を与えることになります。
厚生労働省の「妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針」によると、妊娠中の飲酒が胎児へ及ぼす影響は、飲酒量や飲酒時期、摂取する酒の種類による安全域はないと考えられています。
少量の飲酒でもお腹の赤ちゃんに影響が及ぶ可能性がありますので、少なくとも妊娠が分かった時点での禁酒が必須です。
治療法は残念ながらありませんが、禁酒によって予防が可能です。
症状
妊娠中のアルコール摂取は、胎児発育不全や顔面を中心とする形態異常、中枢神経系の障害による生まれてからの知的障害などにつながります。
【胎児性アルコール症候群の主な症状】
- 胎児発育不全、成長障害
- 特徴的な顔面の形成不全
- 知的障害や多動症などの中枢神経系の障害
- 脳の障害
成長障害
胎児期から発育の遅延があり、体が小さいだけではなく臓器など体の機能が十分に発達せずに生まれてきます。
生まれつき小さくて体重や身長が平均以下のことが多く、生まれてからも成長が遅れ、年齢に応じた身長や体重に達しにくいことがあります。
骨や筋肉の発育が妨げられ、運動機能や体力の低下が見られることもあります。
特徴的な顔つき
胎児の顔面は、妊娠5~7週頃に形成されます。
妊娠初期は胎児の顔や他の主要な器官が急速に発達する重要な時期であり、この時期の妊婦の飲酒は以下のような、胎児の顔の形成に異常を来たす原因となります。
【胎児性アルコール症候群による特徴的顔貌】
- 小頭症
- 小さな目の開き
- 内眼角贅皮(蒙古ひだ)
- 顔の中央が平たい
- 低い鼻梁
- 低い鼻
- 平らな人中
- 薄い上唇
- 小さい顎
知的障害・ADHD・自閉症
アルコールによって胎児の神経管の発達が阻害され、脳や脊髄に深刻な障害が生じるリスクが高くなります。
中枢神経系は身体全体の情報を統括し制御していますので、これらの形成が阻害されると子どもの知的能力や行動、社会的スキルに大きく影響を及ぼし、生涯にわたって続く可能性があります。
【胎児性アルコール症候群による中枢神経障害】
- 知的障害
- 注意欠如・多動性障害(ADHD)
- 自閉症
- 発達障害
- 学習困難
- 記憶力の低下
- 行動上の問題(衝動性、注意力の欠如)
- 精神発達の遅れ
- 社会的スキルの不足
小頭症など脳の形態異常
脳の異常としては、小脳が十分に発達しない小脳低形成によって頭が異常に小さい状態で生まれてくる可能性があり、以下のような影響が考えられます。
- 小頭症
- 小脳低形成
- 協調運動障害
小脳は運動の調整やバランスを司るため、小脳低形成があると身体の動きをスムーズに制御することが難しくなります。
これにより歩行や走行などの基本的な運動に不器用さやぎこちなさが生じ、まっすぐ歩けなかったりします。
このように身体の動きや筋肉の協調性に問題があり、動作をスムーズに行うことが困難になる状態のことを協調運動障害といいます。
妊娠中の飲酒が胎児へ及ぼす影響
妊娠中の飲酒は胎児と母体に幅広く悪影響を及ぼします。
【妊婦の飲酒による影響】
- 成長障害
- 特徴的顔貌
- 神経学的機能障害
- 脳の形成異常
- 心奇形
- 関節異常、関節拘縮
- 聴覚異常
- 認知力低下
- 注意欠如
- 問題行動
- 言語発達遅滞
- IQ・学習能力の低下
- 妊娠高血圧症候群
- 癒着胎盤
胎児性アルコール・スペクトラム障害
妊婦の飲酒が唯一の原因となって生じるあらゆる障害(影響)を「胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)」といいます。
胎児性アルコール症候群もこの中に含まれ、特に①特徴的顔貌、②発達遅滞、③中枢神経系の障害、この3つがある場合に胎児性アルコール症候群と診断されます。
FASDは上記の診断基準のいずれかが当てはまらない場合など、より幅広い症状を含みます。
流産・早産
胎児が正常に成長できず発育不全を引き起こすと、流産や早産のリスクが増加します。
また妊娠中の飲酒は妊娠高血圧症候群や癒着胎盤などにつながる可能性があり、このような要素も早産や出産時のトラブルにつながります。
飲酒量によるリスクの違い
飲酒量が多くなるほど胎児に奇形や胎児性アルコール症候群が発生するリスクが高くなります。
日本産婦人科医会によると、妊娠中のアルコール摂取量と胎児への影響は以下の通りです。
【妊娠中のアルコール摂取量と胎児への影響】1)
アルコール15ml換算量はビールなら350ml缶1本、ワインならグラス1杯、日本酒ならコップ1/2杯です。
胎児性アルコール症候群の子の多くは普段から大量に飲酒している母親から生まれています。
少量のアルコール摂取ならリスクは比較的低いとされていますが、安全な飲酒量は確立されていません。
ある系統的レビューによると、純アルコール14g/日以下の少量飲酒(ビールなら小瓶1本(360ml)、ワインならグラス1杯(150ml))が子どもの身体発育に及ぼす影響は、有意に影響あり(成長遅滞)とする論文と、影響なしとする論文に分かれました。2)
また、毎日飲酒していなくても胎児が罹患していた母親の多くは60~90mlのアルコールを時々飲んでいました。
どのくらいの飲酒量で胎児に影響が出るかは多くの人が知りたいところですが、軽症例での診断は難しいこともあり許容量は分かっておらず、少量でも胎児に影響が出る可能性はあります。
飲酒時期による影響
妊娠中のどの時期の飲酒でも胎児に影響が生じる可能性があります。
特に妊娠初期の主要な器官が形成される重要な時期では顔面の形成不全など種々の奇形、妊娠中後期では発育不全や中枢神経系の障害が生じる可能性が高くなります。
妊娠が発覚するまで飲酒していたが大丈夫?
妊活を始めたら禁酒をするのが基本ですが、妊娠が発覚するまでの飲酒についてはたくさんの女性が経験しています。
多くの女性が妊娠に気づくのは妊娠4~5週目頃ですが、この時点ですぐに飲酒をやめれば基本的に問題ないとされています。
いつまでなら大丈夫、この程度の量なら大丈夫という明確なデータはありませんので、「ちょっとくらいなら。。。」と思わず、妊娠が分かったらスパっと禁酒してくださいね。
治療方法
胎児性アルコール症候群に対する根治療法はなく、完全に治すことはできません。
各症状に応じて、手術などの医学的介入、行動療法や特別支援教育など適切なサポートを行っていきます。
完全に治すことはできませんが、禁酒によって発症を防ぐことが可能ですので、妊娠を計画する女性は飲酒に気をつけましょう。
まとめ
妊娠中の飲酒は胎児に深刻な影響を与える可能性があり、胎児性アルコール症候群として現れることがあります。
胎児性アルコール症候群は顔の形成不全や成長障害、知的障害などを引き起こし、完全に治すことはできません。
妊娠中の飲酒量や頻度が多いほど重症化する傾向にありますが、少量でも障害が残る可能性があります。
飲酒量や飲酒時期による安全域は確立されていませんので、重要なのは妊娠が発覚したらすみやかに飲酒をやめることです。
【参考サイト】
1)飲酒、喫煙と先天異常 | 日本産婦人科医会・先天異常委員会委員
胎児性アルコール・スペクトラム障害 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
先天性の疾患についてはこちらのコラムをご参考にしてください。