
不妊治療の一つとして「体外受精」がありますが、昔は試験管ベビーなんて呼ばれていたことから、少し人為的なイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし近年は生殖補助医療の技術発展や需要増加に伴い体外受精を行うご夫婦が増えており、今ではなんと、生まれてくる赤ちゃんの16人に1人は体外受精とも言われています。
不妊症でお悩みのご夫婦にとっては、本当に妊娠できるのか、リスクや経済的負担はどの程度か、何歳までチャレンジできるのか、いろいろ気になるところかと思います。
そこで今回は、体外受精の流れやリスク、年齢別の妊娠成功率などについて紹介します。
体外受精とは

体外受精(IVF)とは不妊治療の一種で、女性の体外で卵子と精子を受精させ、その後受精卵(胚)を子宮に戻すことで妊娠を成立させる治療法です。
不妊とは、「妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間(およそ1年)妊娠しない」状態のことを指します。
不妊症に対する治療法はいくつかあり、原因や状況に応じて段階的に1つずつ試していき、一般的にはよりシンプルで非侵襲的な方法から初めて、必要に応じて高度な治療に進んでいきます。
その中でも体外受精はより高度な治療に分類され、排卵誘発法や人工授精の次に試される方法です。
以前は自由診療でしたが、令和4年(2022年)4月から保険適用になり、不妊に悩むご夫婦にとって経済的な負担が軽減される大きな一歩となりました。
主な不妊治療

【主な不妊症の治療法】
- タイミング法:予測した排卵のタイミングに合わせて性行為
- 排卵誘発法:排卵誘発剤を使用して排卵を促進
- 人工授精:採取した精子を濃縮し、カテーテルを使用して直接子宮に注入
- 体外受精:卵子と精子を体外で受精させ、受精卵を子宮に戻す
- 顕微授精:顕微鏡下で1つの精子を直接卵子に注入
人工授精とは精子を採取し、濃縮した後にカテーテルを使用して直接子宮内に注入して体内で受精させる方法です。
名前から人為的な方法を想像しますが、体外受精よりも自然な方法であり、精子を子宮内に入れるあくまで手助けをする方法で、精子が卵子に到達しやすくすることで妊娠の確率を高めます。
人工授精は体外受精と比べると身体的な負担や経済的な負担は少ないですが、妊娠できる確率は体外受精ほど高くはないとされています。
顕微授精とは、採取した精子と卵子を受精させるときに、顕微鏡を使いながら精子を直接卵子に注入する方法です。
体外受精はガラス皿の中で自然に受精させるのに対して、顕微授精は人為的に精子を卵子に注入します。
精子が少なすぎたり、精子の運動能力が低かったり、卵子の覆う膜が厚すぎたりするときに、顕微授精法が行われます。
不妊の原因についてはこちらのコラムをご参考にしてください。
体外受精による妊娠率
体外受精の妊娠率に与える要因は多岐にわたりますが、特に女性の年齢に大きく影響を受けます。
1回の体外受精(胚移植)での妊娠成功率は、30~35歳で40~45%程度ですが、年齢が進むにつれてその確率は著しく低下し、40歳では約27%、43歳以上では約14%となります。
一般的に体外受精によって妊娠が成功するまでの回数は1~3回程度とされています。
女性の年齢が若いほど1回で成功する確率が高くなり、40歳以上では複数回の試行を必要とするケースが多くなります。
妊娠成功率に影響を与える要因としては、女性の年齢(卵子の質と数)のほかに、精子の質、胚の品質、子宮の状態、医療機関の技術と経験などがあります。人工授精(精子を子宮内に入れる)を行い、その次の選択肢として体外受精があります。
体外受精の対象となる人
タイミング法や人工授精で結果が出なかった場合の次のステップとして体外受精に進むケースもありますが、不妊症の検査の結果、卵管の閉塞や精子の運動率の低さなど、自然妊娠が難しいと判断された場合にも体外受精が検討されます。
【体外受精の対象となるケース】
- 卵管因子不妊:卵管の閉塞や損傷、炎症などにより、卵子が精子と自然に受精できない
- 男性因子不妊:精子の数が極端に少ない、運動率が低い、形態異常が多いなど、精子に問題がある
- 加齢:女性の年齢が35歳以上であり、妊娠の可能性が低下している場合に、早期に体外受精を行うことで妊娠の成功率を高めることが期待される
年齢制限
日本で体外受精が保険適用の対象となるのは、女性の年齢が43歳未満の場合です。
治療の開始日に43歳未満であることが条件となっています。
自費診療の場合は法的に明確な年齢制限はありませんが、多くの医療機関では女性の年齢が45歳を超えると体外受精を推奨しない傾向にあります。
これは、年齢が上がると卵子の質が低下し、体外受精でも妊娠率が著しく下がるためです。
また、高齢になるほど妊娠に伴うリスク(流産、胎児の染色体異常、妊娠合併症など)も増加しますので、治療の実施にあたっては慎重な判断が求められます。
高齢出産のリスクについてはこちらのコラムをご参考にしてください。
治療のおおまかな流れ

体外受精のおおまかな流れとしては、卵子を複数個成熟させたのち、採取した卵子と精子をシャーレの中で受精させ、培養した受精卵を子宮に移植して妊娠へと導きます。
【体外受精のおおまかな流れ】
- 排卵誘発
- 卵子の採取
- 精子の準備
- 受精
- 胚の培養
- 胚移植
- 妊娠判定
①排卵誘発
通常は一回の自然周期で1つの卵子しか排卵されませんが、排卵誘発剤によって複数の卵子を成熟させることができます。
②卵子の採取
排卵の時期が近づいたら、経腟超音波による画像で卵巣の位置を確認しながら、針を用いて卵巣から卵子を採取します。
穿刺の時間は数分間と短く、痛みを感じにくくするための麻酔も行われます。

③精子の準備
男性から精液を採取し、精子を洗浄・濃縮して質の高い精子を選びます。
精子の質が悪い場合は、顕微授精(ICSI)が行われることもあります。
④受精
採取した卵子と精子をガラス皿の中で受精させて、受精卵を発育させます。
通常は、卵子が入っている培養液に精子をふりかけて、自然に受精させます。
ただし精子の運動能力が低い場合には、顕微授精法により卵子の中に直接精子を注入します。
⑤胚の培養
受精卵は細胞分裂を始めます。
分裂した受精卵は「胚」という呼び名に変わり、胚はさらに細胞分裂して、細胞数を増やすことで発育します。
3~5日間培養します。
⑥胚移植
育てた胚を子宮に戻して移植することで、妊娠へと導きます。
カテーテルという細いチューブを用いて、選ばれた胚を子宮内に慎重に移植します。
移植は通常痛みを伴わず、数分で終わります。
⑦妊娠判定
胚移植から約2週間後に血液検査を行い、妊娠ホルモン(hCG)の値を測定することで移植された胚が着床して妊娠が成立したかどうかを確認します。
新鮮胚と凍結胚
胚移植の方法としては、「新鮮胚移植」と「凍結融解胚移植」があります。
「新鮮胚移植」は、採卵後すぐに受精卵を培養し、数日後に子宮に移植する方法です。
治療期間が短く、胚の発育をリアルタイムで確認できますが、排卵誘発剤の影響で子宮内膜の状態が不安定な場合があり、妊娠率が低下することがあります。
一方、「凍結融解胚移植」は、採卵後に得た胚を一度凍結保存し、後の周期に解凍して移植する方法です。
子宮内膜の環境を最適化してから移植するため妊娠率が高く、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクも軽減されますが、凍結や保管、融解のコストや手間がかかり、治療期間も長くなります。
体外受精の費用:保険適用
今までは自費診療だっため、体外受精にかかる費用の平均額は1回あたり約50万円でしたが、2022年4月からは一定の条件を満たす体外受精が保険適用になりました。
【自己負担額が3割になる】
公的医療保険が適用されるため、治療費の3割が自己負担となります。
これによって、体外受精の1回あたりの治療費は15万~20万円程度の自己負担となります。
ただし、治療内容や実施施設によって大きく異なる場合もあります。
そのほかに、1ヶ月の医療費が一定額を超えると適用される「高額療養費制度」を利用できます。
世帯の所得に応じて自己負担限度額が設定されており、これを超えた額は返金されます。
治療に要する期間とスケジュール

一回の体外受精に要する期間として、通常約4~6週間かかります。
【体外受精のスケジュール】
- 初診と事前検査(1~2週間)
- 排卵誘発(約10~14日間)
- 採卵と精子の採取(1日)
- 受精と胚の培養(3~5日間)
- 妊娠判定(胚移植後約2週間)
体外受精をすれば100%妊娠できるわけではなく、成功率は年齢、卵子と精子の質、子宮の状態などによって異なります。
一回の採卵と胚移植で妊娠できなかった場合は、さらに期間は延びます。
体外受精のリスクと副作用
体外受精は不妊治療において効果的な方法ですが、いくつかのリスクと副作用があります。
【体外受精のリスクと副作用】
- 多胎妊娠
- 感染症のリスク
- 卵巣過剰刺激症候群
体外受精には、卵巣誘発剤(卵巣を刺激するお薬や、排卵を促すお薬)によるリスクや副作用、採卵時の合併症の可能性があります。
多胎妊娠
一度に複数の胚を移植するため、多胎妊娠(双子や三つ子)のリスクが高まります。
多胎妊娠自体が悪いわけではありませんが、三つ子以上の児を宿す確率も高くなり、早産、低出生体重児、妊娠高血圧症候群などの合併症のリスクが高くなります。
感染症のリスク
採卵をするときに針を膣から卵巣に向かって指すため、その周辺で出血が起きます。
ほとんどは自然に止まりますが、まれに出血がとまらない場合があります。
また採卵時は、膣内の細菌が骨盤内(女性器系臓器の周辺)に侵入することで、発熱などの感染症症状がみられることがあります。
予防のために、採卵の前後に抗生剤が使われます。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
排卵誘発剤を使用することで、卵巣が過剰に刺激され、卵巣が腫れたり、体内に水分が溜まったりする症状が現れることがあります。
軽度の場合は腹痛や軽い腫れなどがありますが、重度の場合は腹水、胸水の貯留、血栓症、腎不全などの深刻な症状が現れることがあります。
まとめ

体外受精の成功率は女性の年齢に大きく依存するため、「どうしても子供が欲しい」と悩んでいるご夫婦は、一刻も早く体外受精を行う施設で一度相談してみましょう。
体外受精と聞くと、最初は少し抵抗もあるかと思います。
しかし体外受精は、妊娠するためのあくまで手助けです。
産まれてくる赤ちゃんは、ご夫婦の子であることに変わりありません。
年齢が若いうちのほうが妊娠確率は上がることからも、早めにご夫婦間で相談し、医療機関へ行くようにしましょう。
【参考文献、参考サイト】