
「なかなか子どもができないのは、自分の体に原因があるのでは?」——そんな不安を抱えて不妊治療に踏み出す方も少なくありません。
クラインフェルター症候群は、男性不妊の原因として比較的多く見られる染色体異常のひとつです。
目立った症状がないまま成人を迎えることも多く、診断されるまで気づかれにくい特徴があります。
このコラムでは、クラインフェルター症候群の特徴や検査・治療の選択肢について、わかりやすく解説いたします。
クラインフェルター症候群とは
クラインフェルター症候群は、性染色体の異常によって起こる男性特有の疾患です。
男性は通常、X染色体とY染色体を1本ずつ持っていますが、この疾患ではX染色体が1本多く、「47,XXY」という染色体構成になります。
出生時には外見上の明らかな異常が見られないことが多く、診断されずに見過ごされるケースも少なくありません。しかし、思春期以降になると発達や生殖機能に影響が現われはじめ、特に「男性不妊」の原因のひとつとして知られています。
主な特徴には、身長が高く手足が長いこと、小さな精巣(矮小精巣)、女性化乳房(胸が膨らむ)などがあり、不妊の原因になることが多くあります。実際、男性不妊の約3%がクラインフェルター症候群に関連しているとされています。
知的障害はほとんど見られませんが、軽度の学習障害や言語発達の遅れがみられるケースもあります。
症状が軽い場合は、成人して不妊治療を受ける過程で初めて診断されることも少なくありません。
染色体異常の一種「XXY」とは

人の体は46本(23対)の染色体で構成されており、そのうち1対が性別を決める「性染色体」です。
性染色体には「X染色体」と「Y染色体」があり、母親からは必ずX染色体、父親からはX染色体またはY染色体のいずれかを受け継ぎます。
この組み合わせによって、XXなら女性、XYなら男性の性別が決まります。
クラインフェルター症候群では、精子や卵子が作られる過程(減数分裂)で染色体の分配に異常が生じ、X染色体が1本多い「47,XXY」という構成になることで発症します。最も多いのはこのXXY型で、全体のおよそ90%を占めます。
また、正常な染色体を持つ細胞と異常な染色体を持つ細胞が体内で混在している「モザイク型」(例:46,XY / 47,XXY)もあり、これはクラインフェルター症候群の約5〜10%を占めます。モザイク型では症状が軽くなる傾向があります。
まれに、X染色体がさらに多い「48,XXXY」や「49,XXXXY」といった型も存在します。X染色体の数が多くなるほど、発達や知的機能への影響が強くなる傾向がありますが、症状の重さには個人差があります。
出生頻度と出生時に気づかれにくい理由

クラインフェルター症候群は、出生男児のおよそ500~1,000人に1人の割合で発生するとされています。これは決して珍しい疾患ではなく、男性に見られる染色体異常の中でも比較的頻度の高いものです。
しかしながら、出生時には明らかな外見上の異常が少ないため、出生前や新生児期に診断されるケースは全体の約10%にとどまっています。このため、多くは思春期以降や成人後になってから、以下のようなタイミングで初めて判明します。
- 思春期に第二次性徴が十分に現れないことに気づいたとき
- 不妊治療を受ける過程で染色体検査を受けたとき
- 学習障害や発達の遅れが見られ、詳細な検査を受けたとき
小児期や成人期に診断される割合は26%程度で、残りの64%は診断されていないとのデータもあります。1)
また、現在診断されている人数の2〜3倍にあたる患者が未診断のまま成人している可能性があるとされており、実際の患者数は統計以上に多いと考えられています。
このように、診断までに時間がかかることが多いため、正確な知識を持ち、早期発見と適切な支援につなげていくことが大切です。
クラインフェルター症候群は高齢出産で増える?
一般的に、35歳以上で出産することを「高齢出産」といいます。
高年齢の母親から生まれる子どもは、卵子の加齢によって染色体の分配異常(数の異常)が起こりやすくなり、ダウン症などの染色体異常のリスクが高くなることが知られています。
クラインフェルター症候群についても、母親の年齢が上がることで発症リスクが高まる傾向があります。
また、父親の加齢についても、性染色体異常のリスク要因となる可能性があると一部の研究で指摘されています。
両親ともに年齢が高い場合には、より慎重な妊娠・出産の計画が求められます。
クラインフェルター症候群の主な特徴

クラインフェルター症候群は、出生時には目立った異常が見られないことが多く、成長とともに徐々に特徴が現れてくるのが一般的です。
症状の現れ方には個人差があり、診断されないまま成人に至るケースも少なくありません。実際に、クラインフェルター症候群のある人のうち、約6割は未診断のままである可能性があると指摘されています。
外見・身体的な特徴

クラインフェルター症候群の方に見られる、代表的な身体的特徴には以下のようなものがあります。
- 身長が高く、手足が長い
- 思春期以降に顕著になることが多く、上半身に比べて脚が長く見える体型になることがある
- 筋肉量が少ない
- 筋肉がつきにくく、腰まわりや肩まわりに女性的な脂肪のつき方をする傾向がある
- 体毛が少ない
- ヒゲやすね毛、わき毛、陰毛などの体毛の発達が乏しいことがある
- 矮小精巣
- 精巣が平均よりも小さく、柔らかいのが特徴で、多くの場合、思春期以降にも大きくならない
- 女性化乳房
- 思春期以降に乳房が膨らむ「女性化乳房」が見られることがある
思春期・成人期に見られる症状

思春期を迎える頃になると、テストステロン(男性ホルモン)の分泌が少ないことにより、次のような症状が現れやすくなります。
- 第二次性徴の遅れや未発達
- 声変わりが不十分、筋肉がつきにくい、体毛の発達が乏しいなどの特徴が見られることがある
- 性機能の発達の遅れ
- 陰茎の発育が不十分であったり、性欲が低下するなど、性機能に影響が出ることもある
- 不妊症
- 精子をつくる機能が極めて低く、多くの場合「無精子症」により自然妊娠が困難
これらの症状がはっきり現れるのは思春期以降のため、成人してから不妊治療を受ける過程で初めてクラインフェルター症候群と診断されるケースが大半です。
また、思春期や成人期以降には、以下のような身体的・医学的な合併症が見られることがあります。
- 骨量減少・骨粗しょう症
- 約40%の人に骨密度の低下が見られ、骨折のリスクが高まる
- 僧帽弁逸脱症
- 心臓の弁の異常で、心雑音や動悸、胸痛の原因になることがある。
- 腹部肥満やメタボリックシンドローム
- 内臓脂肪がつきやすく、体型の変化のほか、高血圧や脂質異常症を伴いやすい
- 2型糖尿病
- インスリン抵抗性の上昇などにより、血糖値のコントロールが難しくなる場合がある
- 乳がん
- 男性にとってはまれな病気だが、一般男性と比べて20~50倍リスクが高くなる
これらのリスクは、早期に把握して定期的な検査や医療機関での継続的な管理を受けることが重要です。
テストステロンの低下がもたらす影響

テストステロン(男性ホルモン)は、筋肉や骨格の形成、性器の発達、精子の産生など、男性の生殖機能や身体機能の発達に欠かせないホルモンです。
また、「自信」「活力」「積極性」など、一般に“男性的”とされる気質や行動傾向にも関与している可能性があるとする研究もありますが、こうした影響には個人差が大きく、すべての人に当てはまるわけではありません。
テストステロンは主に精巣(睾丸)のライディッヒ細胞で産生されており、その分泌量が低下すると以下のような影響が生じやすくなります。
- 気分の落ち込みや意欲の低下
- 骨密度の低下による骨粗しょう症のリスク
- 筋肉量の減少と脂肪の増加
クラインフェルター症候群では、先天的テストステロンの分泌が少ないため、思春期以降に骨量の低下、代謝異常、女性化乳房、情緒不安定など、さまざまな身体的・精神的合併症が現れる可能性があります。
知的・社会的な影響はある?

クラインフェルター症候群のある方の多くは、一般的な知的能力を有しており、知的障害が見られることはまれです。しかし、発達面や社会的な側面において、以下のような支援が必要となることがあります。
- 言語発達の遅れ
- 幼少期から言葉の習得が遅れがちで、語彙の発達や読み書きに課題を抱える場合がある
- 学習の困難
- 特に国語や英語など、言語を使う教科でつまずきやすい傾向がある
- 自己肯定感や社会性の課題
- 思春期以降、外見的な違いや不妊への不安などから、自信を失いやすく、内向的になることがある
これらの傾向が見られる場合でも、早期に気づいて適切な支援を受けることで、社会生活を送るうえで大きな支障なく成長していくことが可能です。そのためにも、家族や学校、医療機関との連携が欠かせません。
男性不妊とクラインフェルター症候群の関係

男性不妊の原因はさまざまありますが、その中でもクラインフェルター症候群は、比較的よく見られる遺伝的な要因のひとつです。出生時には診断されず、成人後に不妊治療を受ける過程で初めて発覚するケースも少なくありません。
この症候群の特徴のひとつに、「テストステロン(男性ホルモン)の分泌量が少ないこと」があり、これは精子をつくる機能にも深く関係しています。
精子をつくる力が弱い理由
通常、精巣ではテストステロンが安定して分泌されることにより、精子のもととなる細胞(精原細胞)が成熟し、精子へと分化します。
しかし、クラインフェルター症候群では精巣の発達が不完全で、小さく柔らかい「矮小精巣」となることが多く、テストステロンの分泌が低下し、精子をつくるための環境が整わなくなります。
さらに、精子を産生する組織(精細管)そのものが萎縮したり線維化していることも多く、精巣の構造的な異常によっても、精子をつくる力が大きく低下しています。
無精子症・乏精子症のリスク
クラインフェルター症候群のある方の90%以上が「無精子症」とされています。これは、精液中に精子がまったく存在しない状態です。精巣内でも精子がほとんどつくられていないため、自然妊娠は極めて困難です。
ごくまれに、精液中にわずかな精子が確認される乏精子症のケースもありますが、これはモザイク型や若年期に診断された場合に限られます。
妊娠を希望する場合は、TESE(精巣内精子採取術)や顕微授精などの生殖補助医療(ART)を検討する必要があります。
なお、精液中に精子が存在しなくても、勃起や射精といった性機能自体に問題がないことが多く、通常通り性交渉を行うことは可能です。
どのくらいの割合で不妊の原因になるのか
クラインフェルター症候群は、男性不妊全体の約3〜5%を占めるとされており、遺伝的な不妊の原因の中では比較的多い疾患です。つまり、不妊に悩む男性のおよそ20〜30人に1人は、この症候群が関係している可能性があります。
クラインフェルター症候群の出生頻度は500〜1,000人に1人とされますが、その多くが診断されずに成人を迎えています。
不妊検査を受けたことがきっかけで初めて判明するケースが多いことから、不妊が唯一の症状として現れることも珍しくありません。
クラインフェルター症候群の検査
クラインフェルター症候群は、出生時には目立った外見的異常が少なく、乳児期や小児期にもはっきりとして症状が出にくいため、早期に診断されるケースは少数にとどまります。
多くは以下のような理由から、診断が遅れやすい傾向があります。
- 精巣が小さい、筋肉がつきにくいといった身体的特徴が「体質」と見なされやすい
- 学習障害や言語の遅れがあっても、クラインフェルター症候群に結びつけられにくい
そのため、不妊や成長の悩みをきっかけに医療機関を受診し、医師が染色体異常を疑って検査を勧めることで、成人後に診断されるケースが多く見られます。
早期に気づくことで、ホルモン補充療法や心理的サポートを早く始められるメリットがあります。
思春期に「声変わりが遅い」「体毛が少ない」「乳房が膨らむ」など、第二次性徴に違和感を感じた場合は、早めに医療機関で相談することが大切です。
NIPT Japanでは、妊娠中に胎児のクラインフェルター症候群の可能性を調べることができます。
治療法と妊娠の可能性
クラインフェルター症候群の治療は症状の程度や年齢、将来的な希望(たとえば妊娠を望むかどうか)によって異なります。
根本的に染色体の異常を治すことはできませんが、ホルモン補充や生殖医療によって生活の質を高めたり、子どもをもつ可能性を広げることは十分に可能です。
テストステロン補充療法(男性ホルモン治療)

クラインフェルター症候群の多くの人に見られる、テストステロン(男性ホルモン)の分泌不足に対しては、「テストステロン補充療法」が行われます。この治療は、思春期以降に不足しているホルモンを注射剤やゲルなどの外用薬で補う方法です。
補充療法を行うことで、次のような効果が期待されます。
- 第二次性徴(声変わり、筋肉の発達、体毛の発達など)の促進
- 骨量の維持や骨粗しょう症の予防
- 性欲や活力の向上
- 情緒の安定、うつ症状の緩和
ただし、この治療は精子をつくる機能を回復させるものではありません。そのため、妊娠を望む場合には、別途、TESEや顕微授精などの生殖補助医療を併用する必要があります。
また、テストステロン補充療法は継続的に行うことが推奨されており、治療の内容や期間については医師の判断に基づいて適切に管理されます。
TESE・顕微授精などの生殖補助医療
クラインフェルター症候群の方の多くは無精子症であるため、自然妊娠は非常に困難です。しかし、近年の医療技術の進歩により、自分の精子を使って妊娠を目指すことが可能なケースも出てきました。
代表的な生殖補助医療(ART)には、次の2つの方法があります。
- TESE(精巣内精子採取術)
- 精液中に精子が確認されなくても、精巣の中にわずかに残っている精子を手術で直接採取する方法
- ICSI(顕微授精)
- TESEで得られた精子を用いて、卵子に直接精子を注入し受精させる体外受精法
これらの方法により、クラインフェルター症候群の方でも子どもを授かる可能性が広がっています。特にモザイク型や若年での早期診断・治療開始例では、精子が見つかる確率がやや高いと報告されています。
クラインフェルター症候群の人が子どもをもつには
クラインフェルター症候群の人が子どもをもつためには、早期の診断と治療方針の明確化が非常に重要です。具体的には以下のような選択肢があります。
- 自分の精子を使った妊娠(TESE+顕微授精)
- 成功率は個人差があるが、可能性がある場合は積極的に検討する価値がある
- 精子提供による人工授精
- 精子が採取できなかった場合に、第三者の提供精子を用いた妊娠も選択肢のひとつ。倫理的・心理的な側面も含めて慎重な検討が求めらる
- 養子縁組などの社会的養育
- 血縁にとらわれず、子どもを迎える方法として希望する方も。
妊娠の可能性を検討する際には、本人やパートナーの希望を大切にしながら、医師・カウンセラーとの十分な話し合いを重ねていくことが大切です。
また、妊娠だけでなく、将来的な生活の質(QOL)を高めるという観点からも、早期のサポート体制が重要です。
まとめ

クラインフェルター症候群は、男性の染色体異常の中で最も頻度が高く、約90%以上の方が無精子症で自然妊娠が困難とされます。
多くは成人後の不妊治療をきっかけに発見され、早期診断によりテストステロン補充療法や生殖補助医療での対応が可能です。
妊娠を望む場合はTESEや顕微授精などの選択肢もあり、医師やカウンセラーとの連携が重要です。
正しい理解と早期対応が、将来の選択肢や生活の質を広げる第一歩となります。
NIPT JapanのNIPTでは胎児のクラインフェルター症候群の可能性を調べることができます。
【参考文献、参考サイト】
*1)Abramsky L, Chapple J. 47,XXY (Klinefelter syndrome) and 47,XYY: estimated rates of and indication for postnatal diagnosis with implications for prenatal counselling. Prenat Diagn. 1997; 17: 363-8.
編著:関沢明彦,佐村修,四元淳子,「周産期遺伝カウンセリングマニュアル 改訂3版」,中外医学社,2020年5月
クラインフェルター症候群を ご理解いただくために/中原恵理,監修:澤井英明/2018年3月