出生前診断に関する倫理的問題

出生前診断の倫理的問題については、正解がなく議論が絶えません。

本来は「出生前に胎児の状態や疾患を調べることで、最適な分娩方法や療育環境を検討すること」が出生前診断の主な目的です。

しかし、出生前診断を受ける多くの人が赤ちゃんを「出産するかどうか」を決めるために出生前診断を受診しているのが実情のようです。

では、一体なぜこのようなことが日本では起こっているのでしょうか?

中絶に関する日本の法規範は、刑法の堕胎罪と母体保護法(旧:優生保護法)が関係しています。
そこで、中絶を取り巻く法律の制定の背景や時代背景をもとに、少し解説したいと思います。

母体保護法

刑法の堕胎罪と母体保護法

現行の刑法では、212 条から 216 条にかけて堕胎罪を定めており、日本では堕胎は原則違法です。

優生保護法(母体保護法の前法)では、
①強姦
②母体の健康
③ハンセン病
④精神病
⑤遺伝病
⑥経済的理由

これらの場合には堕胎罪を適用しないとされていました。
(つまり合法)

この適用除外要件の一部が現法の母体保護法に引き継がれ、堕胎罪の違法性が阻却されています。

また、母体保護法に定められている要件は、緩やかに運用されており、堕胎罪の適用はほぼないのが実情です。

母体保護法では、人工妊娠中絶が認められる場合を以下に限定しています。
(現在適用されているもの)

①妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの

②暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの


参考:母体保護法/厚生労働省(外部サイトへ移動します)

現行の刑法では、母体の状態にのみ言及し、胎児の状態には言及していません。

また、母体保護法では、合法的中絶には、医師の認定、夫の同意、妊娠満 22 週未満という条件を満たす必要があるとされ、事実上、妊娠満 22 週未満という条件しか機能していません。

胎児の権利と母親の権利の対立

【胎児の状態の議論】

優生保護法から母体保護法への改正の際、胎児の状態を含めるか否かの議論がなされ、立場は二つに分かれました。

一方では、特定の疾患や障害を持つ人の強制的断種を認めてきた考え方は見直すべきであり、そうであるならば胎児の状態を人工妊娠中絶の理由とすることはできないという意見。

もう一方では、胎児の状態を理由とする人工妊娠中絶を選ぶ自由を認めるべきだという意見。

意見対立と議論の結果として、命の取り扱い方を「命の状態」によって変えることを避けるため、胎児の状態を中絶の条件に含まないことになりました。

ただし、実際には、胎児の状態によっては「身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある」という条件に該当するとして人工妊娠中絶が行われています。

このように、現在の日本では、堕胎罪の規定により中絶は犯罪ですが、例外を認める場合として母体保護法が存在するという形をとっています。

人工妊娠中絶を可能にしたのが、「命の状態」を知ることができる出生前診断です。

出生前診断に対する各国の考え方の違い

【イギリス】

イギリスの医療保障制度は、国民保健サービスと言い、包括的な医療保健サービスを原則として無料で提供しています。

主な財源は税金ですが社会保険料もあります。

つまり、イギリスでは住民の医療費を全額国が負担しているため、医療費の支出を減らすためにも疾患の予防は国の課題であったので、障害児の出生を「予防」することを目的とする検査の開発と普及が熱心に行われました。

またイギリスでは、出生前診断を受けることを妊婦の権利と位置づけ、適切な検査をすべての病院で提供するための体制を整えるために、特定の障害を対象とする出生前診断の提供を国の事業としています。

【日本】

一方、日本では、企業が病院に対して母体血清マーカー検査(出生前診断)のサービスを販売するという形がとられ、企業は「商品」の社会的価値と共に、その経済的価値を重視しました。

しかし、「障害児の出生の予防を目的とする検査を、営利を目的に提供する」という企業の発想は、障害を持つ人や障害児を育てている親にとっては受け入れがたいものでした。

そして、当時の厚生省に専門委員会が設置され、 1999 年、委員会は母体血清マーカー検査の問題を次のように報告しました。

  1. 妊婦が検査の内容や結果について十分な認識をもたずに検査が行われる傾向があること
  2. 確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解したり不安を感じたりすること
  3. 胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があること

積極的に出生前診断を行えるよう支援するイギリスとは異なり、日本では、妊婦に対し出生前診断の存在を知らせなかったり、妊婦が希望しても受けさせなかったりと、出生前診断に対する体制は現在でも充実しているとはいいがたいのです。

世界的な倫理観変化の時代へ

【世界で取り組みがされている「性と生殖に関する健康と権利」】

1994年エジプトのカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD/カイロ会議)の「行動計画」では、家族計画の捉え方が、人口問題を解決するための人口増加を抑制する手段ではなく、一人ひとりの生活や福祉を向上するために情報やサービスを選択しアクセスする権利であると大きく転換しました。

それ以降、新しい概念として、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)が広く使われるようになりました。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスとは、性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であることです。

セクシュアル・リプロダクティブ・ライツは、自分の意思が尊重され、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利のことです。

以下のことが含まれます。

  • すべての個人とカップルが、子どもを産むか産まないか、産むならいつ産むか、何人産むかを自分自身で決めることができること
  • 安全に安心して妊娠・出産ができること
  • 子どもにとって最適な養育ができること
  • 他人の権利を尊重しつつ安全で満足のいく性生活をもてること
  • ジェンダーに基づく暴力、児童婚、強制婚や、女性性器切除(FGM)などの有害な行為によって傷つけられないこと
  • 強要を受けることなくセクシュアリティを表現できること
  • 誰もが妊娠・出産、家族計画、性感染症、不妊、疾病の予防・診断・治療などの必要なサービスを必要な時に受けられること

SDGsとセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツについては、「コラム:SDGsのジェンダー平等とリプロダクティブヘルス」もご参考にしてください。

今世界では、SRHRをもとに、「自分の意思が尊重され、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利」といった考えで動き始めています。

2015年、国連(UN)の193の加盟国が集まり、持続可能な開発のための2030アジェンダを採択しました。これには、17の持続可能な開発目標(SDGs)が含まれています。

これらの「グローバル目標」には、性的および生殖に関する健康と権利(SRHR)のグローバルな目標が最初から含まれます。

まとめ

今も世界中で中絶について苦しみ悩みながら決定を下す女性が大勢います。

そして、子供が障害を持って生まれてくる可能性を示唆され、迷っている女性やその家族がいます。

障害を理由とする中絶を認めてよいか?は重要で非常に難しい問題です。

今もなお明確な基準は示されていません。

世界に目を向けるとSDGsやSRHRといった潮流の変化が起こっています。

日本国内でも、SDGs達成に向けた流れを受けて、SRHRを中核とした法律改正や業界団体の指針変更など、様々な整備が行われていくでしょう。

日本は率先してSDGs達成に向けた働きかけを加速させる必要があります。


参考資料

持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs):

2015年9月25〜27日、ニューヨークの国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が開催されました。161の加盟国の首脳の参加のもと、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。 持続可能な開発のための2030アジェンダでは、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」が掲げられました。 これらはミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)を引き継ぎ、貧困や不平等、環境といった諸課題に対処すべく策定された、今後15年間の開発目標です。

目標5「ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る」は、女性に対する差別、暴力、有害な慣行に終止符を打ち、介護や家事などの無償労働を認識・評価し、意思決定における参加とリーダーシップの機会を確保し、性と生殖に関する健康および権利への普遍的アクセスを保証するためのさまざまなターゲットを掲げています。

引用元:UN Women

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
(SRHR:性と生殖に関する健康と権利):

1994年エジプトのカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD/カイロ会議)の「行動計画」では、家族計画の捉え方が、人口問題を解決するための人口増加を抑制する手段ではなく、一人ひとりの生活や福祉を向上するために情報やサービスを選択しアクセスする権利であると大きく転換しました。

それ以降、新しい概念として、(セクシュアル・)リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)が広く使われるようになりました。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスとは、性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であることです。

セクシュアル・リプロダクティブ・ライツは、自分の意思が尊重され、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利のことです。

以下のことが含まれます。

  • すべての個人とカップルが、子どもを産むか産まないか、産むならいつ産むか、何人産むかを自分自身で決めることができること
  • 安全に安心して妊娠・出産ができること
  • 子どもにとって最適な養育ができること
  • 他人の権利を尊重しつつ安全で満足のいく性生活をもてること
  • ジェンダーに基づく暴力、児童婚、強制婚や、女性性器切除(FGM)などの有害な行為によって傷つけられないこと
  • 強要を受けることなくセクシュアリティを表現できること
  • 誰もが妊娠・出産、家族計画、性感染症、不妊、疾病の予防・診断・治療などの必要なサービスを必要な時に受けられること
引用元:国際協力NGOジョイセフ

倫理的問題

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